古きをたずねて新しきを知る! 古都「鎌倉」

鶴岡八幡宮の本殿

日本最初の武士政権の発祥の地「鎌倉」———
神奈川県の海沿いに位置する鎌倉は東京駅からJR横須賀線で60分と、都内から気ままな小旅行気分を味わうにはちょうどいい最適な場所といえる。ここら辺一帯は古都というだけあって、神社仏閣が集中しているエリアだ。また、初夏には色とりどりのアジサイを愛でることができる名所でもある。鎌倉の駅から電車で10分ほど揺られると、稲村ケ崎の海岸にでる。ここはサーファーの聖地として知られており、日本にいながらにして南国気分を味わえる。また、秋には紅葉、冬には雪景色と四季折々の風景を見ることできるため、鎌倉が観光客に圧倒的な人気があるのも納得だ。

765年の歴史をもつ「鎌倉大仏」

国宝銅造阿弥陀如来坐像

鎌倉と聞いて、最初に思い浮かべるのが「鎌倉大仏殿高徳院」の大仏(国宝銅造阿弥陀如来坐像)だろう。奈良東大寺の大仏に対して鎌倉にある大仏ということで、一般的には「鎌倉大仏」とも呼ばれ、地元の人や訪日観光客に親しまれている。

江ノ島電鉄「長谷駅」から徒歩10分の鎌倉大仏は、高徳院の本尊として1252(建長四)年に建立。その後の台風や津波などの大規模災害で周囲の大仏殿が消失し、今の露出した姿となった。完成した当初は金箔が張られ、見事な黄金色に輝いていたといわれている。関東大震災で被災したが、台座から30センチほどずれただけで、本体への損傷はほぼなかった。高さ約11.3m、重量約121tのこの大仏は1959年、2015年と2回の大規模修繕を実施し十分な安全対策がとられているので安心して拝観することができる。

鎌倉の町の中心的な存在「鶴岡八幡宮」

鎌倉のもう一つの名所と言えば、鶴岡八幡宮だろう。鶴岡八幡宮の起源は1063年に源頼義が奥州を平定して鎌倉に帰り、京都の石清水八幡宮を由比ヶ浜辺にお祀りしたのが始まりと言われている。

その後、源氏再興の旗上げをした源頼朝公は、1180年に由比ヶ浜辺の八幡宮を現在の地に移した。そして1191年には上下両宮の現在の姿に整えて、鎌倉の町の中心的な存在になったという。

鶴岡八幡宮では毎年9月の例大祭で流鏑馬神事が行われている。馬場に配置された三つの的を早馬で駆け抜けながら矢を射る行事だ。流鏑馬自体は平安時代からあったのだが、頼朝公が神事としてはじめたとされている。鶴岡八幡宮の舞殿では神前結婚式を行うことも可能だ。斎主が神前で二人の結婚を報告した上で、祝詞を読み上げる。舞殿では雅楽の生演奏が奏でられるなか、巫女さんが神楽舞の奉仕をおこなう。

舞殿

公共社団法人鎌倉市観光協会の高橋公一郎課長は鎌倉市の訪日観光客向けサービスについてこう語る。

「鎌倉市観光協会では訪日ユーザー向けに無料のボランティアガイドサービスを開設しています。これは10か国の言語(英語、スペイン語、フランス語、中国語等)に対応したサービスで、訪日観光客のそれぞれの方にあった、ベストな観光ルートを多言語で提案しております」

公共社団法人鎌倉市観光協会 高橋公一郎課長

鶴岡八幡宮の表参道には数多くのお店が立ち並んでいる。その中でも「はとサブレ―」で有名な明治27年創業の「豊島屋」がある。約100年間の伝統を守る老舗のサブレ―は日本人のみならず、訪日外国人が購入するお土産として絶大な人気を誇っているため、鎌倉に寄った際には購入することをお勧めする。

三方を山で囲まれ、南には相模湾を一望できる鎌倉は、天然の要塞として古くから時代の要所として、歴史の表舞台の場所であった。そんな鎌倉を若者たちが行き交う姿を見るたびに、古い世代と新しい世代が融合し、また次の世代に新しい文化が受け継がれる進化の様子を間近に感じることができる不思議な街だと思う。そして、このような街を日本人はいくつも創ってきたことに、誇りを感じるとともに先祖への尊敬の念を禁じ得ない。

@japanでは秋葉原を拠点に活躍しているアイドル橘うららさんをメインレポーターに迎えて、「鎌倉の街」を動画で紹介いたします。

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